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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)10号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 真鍋薫 外二名

被控訴人 後藤不二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は被控訴代理人において

一、従前被控訴人が汽罐工として六五歳五ケ月まで一六年間に得べかりし収入を「金四、九三六、〇〇〇円」と主張したのは「金三、九三六、〇〇〇円」の誤りであるから、そのように訂正する。

二、控訴人の過失相殺の抗弁について、被控訴人は本来は汽罐工であるが、本件事故当時は臨時に建築班作業場の清掃を命じられていたもので、自動鉋機に関する知識はなく、また機械に触れてはならないなど具体的注意も受けてはいなかつた。鉋の切刃を素手で清掃したのはその時切刃清掃用の箒の備付がなく、かつ素手の方が仕事がしやすく正確であつたからである。かりに箒の備付があつたとしても素人である被控訴人はそれで清掃することを知るはずもない。また右機械につき予備知識のない以上その始動を予知し得るはずもない。すなわち被控訴人の右切刃の清掃は素人としての善意に出たもので、そこになんら過失はない。

三、本件負傷のような場合その負傷による稼働能率の低下は被控訴人が汽罐工としての熟練者である以上、汽罐工としての稼働能率の低下を見なければならない。そして被控訴人は本件負傷当時の地位、経歴、境遇などから推して将来汽罐工として監督的業務につける見込はないから、通常の汽罐工業務につくほかなく、そうするとスコツプを使用しての焚火作業、投炭作業の繰返し動作を必要とすることなどを考えれば右手の作業力減少のためその稼働能率は常人の四分の一以下に低下したものと見るべきである。かりに汽罐工以外の一般的業務についたとしても汽罐工としての熟練者が未知の職につくことの不利なことを考えれば通常人と比較しての稼働能率の低下は右と同様、あるいはそれ以下とならざるを得ない。

と述べ、控訴代理人において

一、被控訴人主張の前記一の事実について、訂正に異議がないが訂正の収入額も否認する。

二、同二の事実について、被控訴人は汽罐工であるが、本件事故当時は臨時に建築班作業場の清掃を命じられていたものであることは認めるが、その余は争う。被控訴人に対しては本件自動鉋機の清掃は命じてはいなかつた。かりに被控訴人が自動鉋機の清掃の仕方を知らなかつたとすれば、清掃にはより慎重な態度で臨まなければならなかつたものである。

と述べ、

証拠として、新たに被控訴代理人において当審における被控訴人本人尋問の結果及び鑑定人河野左宙の鑑定の結果を援用し、乙第六号証の一ないし三の成立を認め、控訴代理人において乙第六号証の一ないし三を提出し、当審証人八島二郎、中目二郎、松元勝美の各証言並びに前記鑑定の結果を援用したほかは、すべて原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。

理由

被控訴人がその主張のように控訴人国に雇われ、駐留軍労務に従事していたところ、その主張の日時に訴外中目二郎がスイツチを入れた電動自動鉋機によつて右手二指切断の負傷(本件負傷)をしたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は被控訴人の本件負傷は右中目二郎の業務上の過失によるものである旨主張するので、判断するに、原審証人中目二郎の証言(第一、二回)により成立を認める甲第五号証の二、第六号証に原審証人加藤勘作、平川国雄、原審及び当審証人中目二郎(原審は第一、二回)、八島二郎の各証言原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果並びに原審における検証の結果を綜合すれば右負傷の事故(本件事故)は次のような経過において生じたものであること、すなわち

一、被控訴人は苦竹駐留軍基地においてはボイラー班の汽罐工として働いていたが、本件事故の発生した昭和三一年四月二〇日の一ケ月ほど前からは手伝いのため同基地内建築班作業場に赴き、材料運搬や機械の掃除などの作業に従事しており、右事故の当日は午後三時一〇分までの休憩時間後まもなく、停止している電動自動鉋機の切刃の周囲に溜つている木くずを右の素手で清掃していたところ、思いもよらず右機械の操縦に従事していた前記中目二郎が電動機にスヰツチを入れこれを始動させたため、右機械の切刃の廻転によつてその右手中指及び薬指を切断されてしまつたこと

二、右中目二郎は本件事故の当時は前記建築班で大工として右電動自動鉋機の操縦に従事しており、当日は網戸の木わくを右機械で削つていたが、他所での仕事のため一時それを中止し午後三時二〇分過ぎ頃再び右木わく削りの仕事を続けるため右機械のある前記作業場に戻つて来た。そして仕事をはじめるため右電動機にスヰツチを入れたが、その時はその直前右機械に近接して人影を認めたけれども、それが被控訴人であるとは気づかず、またその際右機械の切刃を手などで清掃している者があるとも考えず、機械に背を向けた姿勢でスヰツチを入れたところ、それによる右切刃の廻転で意外にも前記のように被控訴人を負傷せしめたこと

を認めることができる。

ところで、元来電動自動鉋機のごとき切刃の切味がきわめて強力で操作の仕方では人身に傷害を与える危険のある機械(その点は原審における検証の結果に徴し明らかである。)を操作しようとする従業員は、その操作にあたつては該機械及びその近接附近の状況をつぶさに調査し、機械の回転によつて人身に傷害を加えることのないことを確めなければこれを始動させないよう、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるものと見るのが相当であるところ、これを本件の場合について見るに、前記中目二郎は前叙のごとく右機械を始動させるにあたり、直前機械に近接した所に人影を認めながら、機械の切刃を清掃している者があるとも考えず、漫然、しかも機械に背を向けたまま電動スヰツチを入れ、そのため被控訴人を負傷せしめたのであるから、明らかに右業務上の注意義務を怠つたものというべく、従つて本件事故は右中目二郎の業務上の過失によつて発生したものといわなければならない。

そうすると右中目二郎が控訴人国の被用者で控訴人国の事業執行について右事故を起したことは控訴人の認めるところであるから、控訴人国は民法第七一五条、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基く施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(昭和二七年法律第一二一号、昭和三五年法律第一〇二号に改称)第一条により、被控訴人が本件事故(負傷)によつて蒙つた有形無形の損害を賠償すべき義務があるというべきである。

よつて先ずその財産上の損害額について検討するに、この点について被控訴人は本件負傷により蒙つた消極的財産上の損害額を主張する。ところで一般に負傷によるこの種の消極的財産上の損害とはその被害者が負傷によつて稼働能率の一部(場合によつては全部)を失い、そのため収入減を来たした場合に、負傷がなかつたならば当然得たであろうところの利益(消極的利益)であると見るべきところ、元来稼働能率や負傷によるその低下のごときは職種によつて自ずと異るものがあるというべく、ことに特別技能を必要とする職種、(たとえば熱練工のごとき)にあつては、右のような消極的利益の算定については反対の事情のない限りその職種における稼働能率を基準とするのが妥当と解される。

原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和一三年頃以来、同三三年一二月一〇日控訴人国から解雇されるまでの間、職場は数回変つたがほとんど一貫して汽罐工(昭和二四年二月頃一級免許状をもらう。)として働いて来たもので、特技としては汽罐工以外にはなにもない者であることが認められる。それなら、被控訴人が本件事故(負傷)によつて蒙つた財産上の損害は被控訴人が右負傷により汽罐工としての稼働能率の全部または一部が減殺されために汽罐工としての得べかりし利益を喪失(収入減)したことであると見るべきである。そこで被控訴人の汽罐工としての稼働能率が右負傷によつていくら減殺されたかを考えるに、当審における鑑定人河野左宙の鑑定の結果によれば、被控訴人の負傷の程度では被控訴人が一級汽罐工として汽罐の見廻りや作業の監督あるいは事務的作業に従事するのであれば、その稼働能率において常人の七〇ないし八〇パーセントの作業力を保有しているが、実際に汽罐工として燃料の運搬から焚火作業を直接行うのであれば同一年令の常人に比較してその二分の一あるいはそれ以下の作業力しかないことが推認でき、右認定を動すに足る証拠はない。そして前出被控訴人本人尋問の結果から認められる被控訴人の従前の経歴、本件負傷後の職歴などから考えると被控訴人が汽罐工として監督的地位に立つたり事務的作業に従事することはきわめて困難であると思われるから、この場合被控訴人の汽罐工としての作業力は、前示二分の一あるいはそれ以下しかないことになるが、前記鑑定の結果によれば被控訴人の心構えと努力のいかんによつては過去においても将来においても少くとも二、三十パーセントの右作業力の回復は可能であつたしまた可能であると認められる(被控訴人も共同社会生活の一員としてその程度の努力をなすべき義務があると考える。)から、このことをも勘案するならば本件負傷によつて被控訴人の汽罐工としての稼働能率は従前の二分の一に減殺されたものと見るのが相当というべく、それなら被控訴人の汽罐工としての収入もまた特別の事情のない限り右稼働能率に比例して従前の二分の一しかあげ得ないものと見るほかはない。そして原審証人山家清の証言により成立を認める乙第二号証の一に当審における被控訴人本人尋問の結果を併せ考えると、本件事故発生当時の被控訴人の収入はいずれも月額で本俸金一二、八〇〇円、家族手当金一、二〇〇円超過勤務によるものが金四、〇〇〇円以上で、月平均手取額で少くとも金一七、〇〇〇円あつたことが認められ、しからば前叙によれば被控訴人は本件負傷により毎月その二分の一である金八、五〇〇円ずつの得べかりし利益を喪失するわけとなる。ところで被控訴人が本件事故発生当時は満四九年七ケ月であり、なお、少くとも被控訴人主張の一六年の余命を保つことができることは、成立に争いのない甲第四号証の一ないし四汽罐士免許証記載の被控訴人の生年月日(明治四一年九月一五日)と厚生省大臣官房統計調査部昭和三一年「第九回生命表」及び同「第九回生命表(修正表)」とによつてこれを認めることができ、また反証のない限り被控訴人は右一六年の余命の間は汽罐工として稼働し得るものと推測されるから、被控訴人は本件事故発生により合計金一、六三二、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた計算となるところ、これを今一時に請求する場合には右金額はホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除したものとなるべきであるから、被控訴人主張の計算方法によりこの利息を差引くときは金九〇六、六六六円(銭以下切捨)となることが計算上明らかである。

ところで被控訴人が本件事故について災害補償として金三〇三、〇六〇円の支給を受けたことは当事者間に争いがなく、それなら財産上の損害の補償のみを目的としている右災害補償の性質上右金額を更に差引くと被控訴人が賠償を請求し得る財産上の損害額は結局金六〇三、六〇六円となるわけである。

控訴人は被控訴人が本件事故によつて蒙つた損害は右災害補償によつて全額填補されていると主張するけれども、控訴人の全立証をもつてしてもこれを認めるに足りない。

次に慰藉料請求の当否について検討するに、前出被控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)並びに鑑定の結果によれば、被控訴人は本件事故の結果前示のように右手の二指を失い、そのため受傷後外傷が治癒するまでの間(約一年半余)相当痛みを覚え、その後においても寒気には疼痛を感じたこと、回復しがたい後遺症や見にくい外見を残していること、前記のように稼働能力の低下による生活不安がはげしく、家族とも事実上別居するに至つていることなどから、精神上大きな苦痛をなめ、今後もまたなめて行かなければならないことを推察するに十分であるから、その他記録にあらわれた本件事故の前後の模様、被控訴人の経歴、当事者の財産能力など諸般の事情を勘案するならば控訴人が被控訴人に支払うべき慰藉料の額は金二〇〇、〇〇〇円が妥当である。

よつて最後に控訴人の過失相殺の抗弁について案ずるに、当裁判所も本件事故の発生は被控訴人の重過失にも基因するものと判断するところ、その理由は原判決のその点の理由と同様であるので、原判決のその理由を引用する(ただし原判決九枚目表六行目「中目二郎(第一、二回)」の次に「当審証人八島二郎、中目二郎、松元勝美」を、同裏一行目の後に「右認定に反する甲第一号証の記載の一部は原審証人中目二郎の証言(第一、二回)に徴し採用し難い。」をそれぞれ加える。)

そこで以上の諸事情を斟酌するならば、被控訴人が請求し得る損害賠償の額は前記財産上の損害額において金三〇〇、〇〇〇円、慰藉料額において金一〇〇、〇〇〇円と認定するのが相当である。

はたしてそれなら、控訴人は被控訴人に対し右合計金四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三三年四月六日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであるから、被控訴人の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて原判決は結局相当で、本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)

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